アインシュタインのこの言葉は、きっと、多くの人が共感できる考えだと思います。ただ、普段の自分や、世の中の価値観を振り返ると、この考えを念頭においていないのではないかと思いました。今回は、このアインシュタインの言葉について、お話させていただきます。
与えることは価値があること
よく、スポーツ選手のインタビューで「応援してくれる人に、勇気や元気を与えることができればと思っています。」のような発言を耳にします。選手が懸命なプレーをしている姿を見て、感動したり、勇気づけられたりして、確かに選手は、観客に何かを与えていると思います。与えることがとても価値があること、素晴らしいことは、多くの人が知っていることです。
得るものに囚われていないか
今回のタイトルにあるように、アインシュタインは、得たものではなく、与えたもので、その人の価値が図られると述べています。ここで振り返ってみていただきたいのですが、普段、みなさんは、「得るもの」と「与えるもの」について、どちらを意識して生きていますか?
「得るもの」を強く意識して生きていませんか?偉そうに言っているようですが、実は私もそのひとりです。
偏差値の高い学校に入りたい。大手企業に就きたい。大きな家に住みたい。外車に乗りたい。ブランド品を着たい。たくさんの人から好かれたい。フォロワーを増やしたい。。
このように思うのは、自分の価値が高いと、周りから思われたいからです。「与える」ことが価値があることを分かってはいるものの、多くの人が、普段、意識しているのは、「得るもの」なのです。
与えるとは
では、 与えるとはどういうことでしょうか。
与えるとは「見返りを求めないで、周りの人のためになることをすること。周りの人を笑顔にすること。」です。
では、実際に与えるとはどうすればよいのでしょうか。
お金や実績や地位がないから与えられるものなんてない。。というのは、違います。そのようなものが無くても与えることはできます。
様々な取り組みがありますが、いくつか例をあげます。
◎ 人と人を繋げる
例えば、何らかの集まりで一時的に顔を合わせた人たちに、打ち上げを企画する。集まりが終われば各々が帰ってしまうところを、人と人とを繋げることができます。そのきっかけから、交友関係やビジネスへ発展するなど、進展することがあるかもしれません。
◎ 頑張っている人を宣伝する
頑張っている人、まわりのために役立つことをしている人であるにもかかわらず、そのことに周りが気づいていない場合、その日の目を浴びていない人のことを、周りの人たちに頑張っていると紹介、宣伝するのです。
◎ 自分らしく生きて、笑顔で生きる
ニコニコしている人の周りには人が集まってきます。人の笑顔を見ると安心しますよね。いつも笑顔でいることは、周りの人に安心を与えているのです。
いくつか例をあげてみました。与えるということは、他にも、寄付やボランティアのように、まだまだあると思います。
与えるを意識する
与えることが自分の価値に繋がることを理解するためには、まずは与えることです。与え続けた未来に理解できるのです。意識してするものなの?偽善では?など考えないで、やってみましょう。やってみた先に、その価値を感じるはずです。
今回は『人の価値とはその人が得たものではなく、その人が与えたもので測られる。』についてお話させていただきました。与えるについて、自分には何ができるかを考えてみてはいかがでしょうか。
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